犬連れの旅
出かける前に考えておくこと

はじめに
「おしゃべりなしっぽ 」にハリーの地球犬聞録を掲載しはじめてから、「犬と海外旅行に出かける予定を立てています」というお便りを日本からも時折いただくようになりました。大半の人は飛行機やホテルでもお利口にしていられるように犬を訓練したり、現地の獣医の情報を集めたりして念入りに準備をしています。しかし航空券や宿泊先の手配にばかり気を取られて、大事なことを忘れている人も少なくはありません。このページではそんな読者のみなさんとメールの交換をしながら考えたことや気づいたことを少しずつ書き足していきます。

国内外を問わず犬連れの旅の心構えは同じだと思います。犬と国内旅行に出かける人もよろしければご覧ください。

まずは「しつけ」

犬と快適な旅を楽しむために一番大切なのは、「犬がいるために周りの人が不快な思いをしないようにすること」だと思います。例えば、犬を連れて飛行機に乗るときに「Please keep a low profile(他のお客様が気にならないように)」とお願いされることがあります。それは世の中の全ての人が犬を好きなわけではないからです。犬は他の人がその存在に全く気づかない程おとなしくしていなくてはなりません。そのためには「普段とは違う環境でも犬がお利口にしていられるように前もってしつけること」が大切です。犬は基本的なしつけをされているならば、高度な服従訓練を受けている必要はありません。我家のハリーだってまだまだ訓練をしなければならないことばかりです。それでも以下の5つの約束だけは特に気をつけてハリーに守らせるようにしています。

1. 飛行機では長時間おとなしくケージに待機する。
2. ホテルでは家具に一切手を触れない。
3. ホテルでは吠えずに留守番する。
4. 屋内では絶対に排泄をしない。
5. 電車やレストランの中では主人の足下に伏せる(座る)。

以上、犬が旅先で歓迎されるための最低限のマナーだと思います。

1. 犬が飛行機でおとなしくしていられるようにするためには、普段から旅行用のケージをハウスとして使っていれば良いでしょう。世界で一番安心できる場所がケージになるように、「ハウス!」の命令でケージに入ったら大好物のビスケットを与えたりして少しずつ慣らしていってください。悪いことをした罰としてケージに閉じ込めるようなことは絶対にしてはいけません。

2. 普段から自宅のソファ、ベッド、カーテン、ゴミ箱などにいっさい手を触れないように犬をしつけます。ホテルのベッドやソファに犬を上がらせるなどもってのほか。これが守れない犬は車中泊になります。

3. 独りでも静かに留守番できる犬にするためには、最初は2−3分の短いお留守番(ゴミを外に出しに行く時など)から始めて、徐々に長く留守番できるように犬を飼い始めたときから訓練します。コングという中が空洞になったゴム製のおもちゃにピーナッツバターやビスケットを詰めたものを普段から留守番中に与えているなら、旅先にも忘れずに持っていきましょう。
参照:犬をお利口に留守番させるためのコングの使い方

4. 犬は屋内で絶対に排泄をしてはいけません。普段から100%お漏らしをしない犬だけがホテルに泊まったり店に入ったりすることができます。日本からヨーロッパに犬を連れて来る人が戸惑うことのひとつにトイレシートの問題があります。ヨーロッパでは小型犬であってもトイレシートを使って室内で排泄をさせているうちは「まだトイレのしつけが終わっていない」と見なされます。実際、トイレシートを使用している成犬が普段とは全く違う環境(旅先のホテル)でお漏らしをしてしまう確立は非常に高いと聞きます。ヨーロッパに犬を連れて来るなら、全ての排泄を外でするようにしつける必要があります。ただし、北米の場合は成犬用のトイレシート(英語でWeeWeePadと呼ばれています)が普及しているので、ホテルで使用している人も多いようです。

5. 北ヨーロッパや中央ヨーロッパでは、犬を連れて電車に乗ったりレストランに入れる場合があります。その時、犬は主人の足下でじっと伏せるか座っていなくてはなりません。近くを歩く他のお客さんの邪魔にならないよう椅子の下にじっとしているのが理想です。綱を短めにして靴の裏でしっかり踏んづけておけば、ある程度訓練を受けた犬であれば長時間おとなしく伏せていられるでしょうが、旅行に出かける前から少しずつ練習しておくのが一番です。

訓練された犬となら、飼い主もまわりの人間も快適な旅を楽しめます。
訓練されていれば、犬もストレスを感じずに人間の旅のお供ができます。

海外に犬を連れて行く場合の注意点

出国するときも入国するときも、犬は動物検疫を受けることになります。検疫準備の手順は日本出入国時の犬の検疫制度と飛行機での輸送方法で詳しく説明しましたが、海外で検疫書類を揃えるのは時に大変な困難を伴うことがあります。その原因は主に以下の3点です。

1. 該当国で輸出検疫の書類を作成できる獣医や裏書きをする政府機関の所在が分かりにくい。

2. 該当国の獣医や裏書きをする政府機関職員が日本の検疫制度を理解していない。

3. 該当国の獣医や裏書きをする政府機関職員が英語を話せるとはかぎらない。

北米、英国、北欧、ベネルクス3国、ドイツ都市部では、政府機関職員も街の獣医もまず間違いなく流暢な英語を話すため、検疫書類を作成できる獣医と裏書きをする政府機関さえ把握してしまえば、あとの手続きは大きな問題を伴うことなく済ませられることが多いようです。

しかし、その他の欧州地域では観光地から1歩外に出れば全く英語は通じないものと思っていた方がよいと思います。例えば「犬と一緒にスイスへ行ってハイキングをしたい」というのが読者からのお便りで一番多いのですが、スイスでは英語を話せる人口が非常に少なく、検疫所職員も街の獣医も英語は読めても話す方はさっぱりという人がほとんどです。彼らに日本の動物検疫のために必要な手続きを説明し納得してもらうのは、日本からの旅行者には至難の業です。

また、検疫書類の作成には最低でも丸1日、通常2日から地域によっては1週間以上かかることがあります。1か月以上の長期滞在であれば、現地についてから日本再入国のための検疫準備をする時間が充分にあるでしょうが、1−2週間程度の短期滞在であれば何か問題が起こった時に検疫書類が帰国までに間に合わず、最悪の場合は犬が180日間係留されることになる可能性もあります。また、犬を連れて海外旅行に出かけたものの、観光をしているより犬の帰国のための検疫準備に奔走している時間の方が長かったという話もよく耳にします。

日本政府が求める裏書き(該当国政府の公印)をもらえる政府機関の所在が分かりにくい理由は、日本の検疫所には「該当国政府の裏書き(公印)の見本」があっても「その裏書きをする政府機関の所在地」については各国大使館から通達されていない場合が多いからです。そこで一般旅行者はまず各国大使館に問い合わせをしてみるのですが、大抵は該当国動物検疫局のウェブ情報か連絡先を渡されて直接そこに訊ねるよう指示されます。そこで直接、該当国政府の動物検疫局に連絡をしてみると、アメリカのように連邦政府の権限が大きい国ならばともかく、地方政府の独立性が非常に高い国々(ヨーロッパに多くある)では、中央政府検疫局と地方政府検疫所が全く違う見解を示すことが珍しくないため、どこの機関の情報を信じたらよいのかさっぱり分からなくなってしまうことがあります。ちなみにスイスにいたっては、スイス連邦政府公共経済省(輸出検疫を管轄する役所)と州政府動物検疫所(一般旅行者が検疫書類に裏書きをもらいに行く窓口)と成田空港動物検疫所(駐日スイス大使館からの通達に基づいた対応をする役所)からそれぞれ異なる回答が戻ってきました。

それではどうすればよいのでしょうか?

答えは、該当国政府の検疫所と日本の検疫所に粘り強く連絡を取り続け、両者が納得のいく方法で裏書きがもらえるよう手配するしかありません。航空券やホテルの予約は検疫情報を完璧に揃えてからです。また、現地で英語を話す獣医を捜すには、インターネットで該当地域の動物病院のリストを検索し、片っ端から英語で「日本入国のための検疫書類を作成してもらえるか」メールで問い合わせるのが一番手っ取り早い方法だと思います。「現地に行けばなんとかなる」などと思って、検疫情報を集めないまま犬を連れて出国するようなことは決してしてはいけません。通常は「現地に行っても事態は混乱するばかり」となります。検疫書類の不備の代償は「180日間の犬の係留」であることをよくよく肝に銘じておきましょう。

出発前に該当国での検疫準備の情報を揃えておくのが肝心。

犬連れの旅の先にあるもの
「おしゃべりなしっぽ 」では、犬の健康な暮らしと楽しい訓練に関する情報を発信しています。ハリーの旅行記であるハリーの地球犬聞録も「犬をちゃんと訓練していれば、人間の負担を最小限にしながら犬と一緒に楽しい冒険ができる」ということを伝えたくて掲載してきました。しかし、最近の読者からのお問い合わせや感想を読んでいると「犬との楽しい暮らしばかりを強調しすぎて、その裏にある厳しい訓練や準備のことが正しく伝わっていないかもしれない」と不安に感じることもあります。

普段から積み上げてきたしつけと訓練があってはじめて、犬との楽しい旅行を実現することができます。「おしゃべりなしっぽ 」を読んでいて「私も犬と一緒に旅行に出かけたいけれど、しつけや訓練はまだまだかも」と思った人は、今が訓練を始めるチャンスです。どうかあきらめないで犬の訓練を始めてください。そして犬が生きているかぎり訓練を続けましょう。

訓練された犬は楽しい旅のお供ができるだけでなく、人間と一緒に長く生きられる可能性が高くなります。日本でもアメリカでも途中で飼いきれなくなった犬が里親に預けられたり保健所に送られたあげく殺処分されるという残念なことが後を絶ちませんが、その多くは「犬を訓練していれば負担を最小限にしながら一緒に住み続けることが可能だったケース」です。たとえ「飼い主の死亡」というような悲劇的状況で犬を手放す以外に選択肢がなくなったとしても、訓練を受けた犬であれば殺処分にならずに次の飼い主を見つけられることが多いのも事実です。

本来ならば人間は犬を飼い始める前に、犬の寿命である10−15年間に「受験、留学、就職、引越、失業、結婚、離婚、出産、育児、病気、介護」などの理由で自分の生活にも大きな変化がありうることを想定するべきでしょう。犬には未来を想像して計画することができませんが、人間にはその能力があるからです。そしてどんな状況になっても一緒に暮らせるよう犬を訓練するのが飼い主の責任だと思います。

これを読んでいるみなさんが犬を楽しく訓練して一緒に冒険の旅に出かけ、犬にとっても人間にとっても健康な毎日をおくり、犬がその一生を終えるまでずっと一緒に暮らすことができることを心から願っています。

(2008/2/25)

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