犬について思ったこと
(ハリーの主人が書く犬にまつわるエッセイ )
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去年の春、ハリーは網膜剥離で左目を失明した。 病院で「右目にも症状が出始めています」と言われた時、もう二度とアジリティはできないと思った。 けれども、当のハリーは、自分の左目が見えないことなど気にする様子は全くなく、アジリティクラブに連れていけば、大興奮しながら「走りたい!走りたい!」とせがんだ。 だから、今でもアジリティの訓練を続けている。 先月、1年ぶりにスイスケンネルクラブの公式アジリティ大会に出場した。その大会には、FCIアジリティ世界大会スイス代表チームのコーチを長年勤めているトニー・ヒュエビン(Tony Hürbin)も来ていて、久しぶりにゆっくり話をすることができた。帰り際、トニーが私に聞いた。 「君にとってアジリティの何が楽しいの?」 私にとってアジリティで一番楽しいのは、大会のブリーフィングでコース検分をしている時だ。「ここは右を走ろう。次は罠があるから肩を引いてハリーを大きな声で呼ぼう...」などと頭で考えながら自分の走るコースを組み立てている時間が本当に楽しい。でもよくよく考えてみると、大会に向かう車中もワクワクしていつも楽しいし、大会の前日に強烈な匂いを放つレバートリートを焼いている時間も楽しい。 そう考えると、そのレバーをお肉屋さんで買っているときも楽しいし、家からお肉屋さんまでの道のりも楽しい。 「大会の本番で走るまでの全ての準備が楽しいと思う」と、私は答えた。 この日、ハリーはとても調子が良く、足の速い犬が次々に失格になったこともあって、3種目全てで入賞していたので、「自分たちのベストを尽くして表彰台に上がることです」というような返答を期待していたのか、トニーはちょっと不思議そうな顔をしながら「そう、いいねえ」とだけ言って笑った。 今日、週末のアジリティ訓練用のビスケットを焼いた。それがただの訓練用ビスケットなら「焼くのが面倒だなあ」と思うことがある。しかし、アジリティの練習に使うビスケットというだけで、粉とバターを混ぜている時点でもう、ブリーフィングの時に沸き上がるような「嬉しい気持ち」でいっぱいになる。 「もっと犬のスピードについていけるように」と始めたジョギングをしているときも楽しいし、大会の前日に天気予報をチェックするのもワクワクする。たとえ、翌日の予報が雨だったとしても。 普段は全然楽しいと思わないことが、アジリティという大好きなことに付随するだけで、俄然嬉しいことになったりする。そして、その嬉しい気持ちはお金も時間もかからない「おまけ的な嬉しさ」だから、楽しまなきゃ損なのだ。 こんな風に楽しむアジリティは、失敗しても後味が悪くなることはない。 犬を責める気持ちも一切起きない。 もっと上手く走りたかったなあと思うことはあっても、失敗をひどく悔やむようなことはない。 ハリーの左目が見えなくなってからは、表彰台に立つことも少なくなったけれど、そんなことは本当にどうでもいい。 私は自分の余暇ためにアジリティをしている。ハリーはハリーで、彼自身の遊びとビスケットのためにアジリティをしている。 ハリーがビスケットのためだけにアジリティをしていたとしても、私は全然かまわない。犬に、心からアジリティを楽しんで欲しいと願ったところで、彼らの本音は人間には分かりようがない。どうせ分からないのなら、楽しくなくっちゃね。 それに、ハリーは私がマヌケなハンドリングをしても文句を言ってきたりはしない。 「あれ!本当は、そっちに行ってほしかったの?」と不思議に思ったりすることはあるだろうけれど、私を責めることは決してない。 そのおかげで私はこの4年間、楽しくアジリティを続けられた。 アジリティの楽しみ方は人それぞれで良いと思う。 でも、これが私のアジリティの楽しみ方だ。 (2009/10/15) ![]()
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